版元社主のええカゲンな本の紹介 その二

2023年6月2日 金曜日

(この追悼文は韓国・朝鮮文化財返還問題連絡会議年報2023に掲載いただいたもので、あらためて阿吽社のHPでご紹介いたします。)

 仲尾宏先生が本年1月1日に亡くなられました。86歳でした。それまで電話などでお話をしていた私にとって、突然の訃報で驚くしかないことでした。

 仲尾先生とは、先生の晩年の出版『京都の渡来文化と朝鮮通信使』の発刊を通じて親しくやり取りをさせていただきました。この本は、先生の出された『京都の渡来文化』(淡交社1990年)が絶版になったので弊社にお声がけいただき、増補改訂版として出させていただいたものです。増補改訂版といっても出版して20年の研究成果を盛り込まれ、新たに書き下ろした章も多く、80歳を過ぎてのその精力的な研究姿勢に驚かされました。

 それまで、私は、仲尾先生を書籍や講演会などでしか知ることはなかったのですが、本会の京都、滋賀での朝鮮通信使の足跡を辿るフィールドワークのお手伝いをさせていただき、先生と親しくさせていただき、私のことも知っていただいたように思います。

 とくに近江八幡では、私の所属する浄土真宗本願寺派の別院があり、朝鮮通信使の書が残されていますが、仲尾先生のツアーだからと声掛けするとすぐに許可が下りて、日曜日で法事などで忙しい職員が別院に出てきて、対応してくれました。これも仲尾先生のお人柄と熱心な資料保存のご協力の賜物です。

 先生の研究業績については、日朝・日韓の関係史研究が有名で、さらには人権問題への取り組みが紹介されています。

 たしかにその通りで、著書のテーマもそのことがうかがえます。しかし、先生の著書を編集させていただき、打ち合わせなどでお話をいただいていると、私自身研究者の末席にいる者からすれば、その研究対象の広さと深さは私たち世代の恩師のそれです。

 日朝・日韓関係史が先生のご専攻ですが、叙述は古代から現代に及び、研究対象はアジアの文化交流史といっても過言ではありません。その裾野の広さに舌を巻くばかりでした。

 日本という東の辺境の島に、多くの人々がやってきて、独特の文化を構築しますが、その研究のために、裾野を広げておられていました。

 じつは、書籍編集の打合せの際に、文化交流や人の交流などで、日本に多くのものがもたらされたことや学びがあったことについて、その当時、弊社で別に監修事務をさせていただいた最澄と空海のことをとりあげた、おかざき真里著『阿・吽』小学館での編集方針と重なり、大いに意を強くさせていただいた記憶があります。

 それは一言でいえば、日本は国際社会であったということです。もちろん、前近代における「国際」という場合の国家はあいまいな使用方法となりますが、言い換えれば東アジアにおいて生まれた多文化社会だったということでしょう。ややもすると伝統という名の下に歴史を遡り、大和民族の精神や起源があるかのような錯覚をしてしまい、またそのような錯覚を利用した政治的な書籍も出されています。しかし、歴史事実を虚心坦懐に考察すればそのような考えはひとたまりもなく吹き飛んでしまいます。先生の関心はそのような、事実を解明するという点にあり、研究対象も単に二つの地域の交流に限られることなく、広く世界の文化の交流を前提とされているものでした。学問研究からすれば当たり前のことですが、最近の研究のあり方の縮み具合やテーマの矮小化について、苦言を漏らされていたことを思いだします。

 先生の文化交流史の著述は朝鮮通信使に限定されていますが、それはある意味、日朝関係史の良き時代を示しており、日本がそれらの文化に学び、尊重したことを示しています。もちろん、その後の悲しい歴史にも言及されておられます。それぞれに残された文物には歴史があり、それを正しく評価継承することが、これからの交流を確実なものとしていくでしょうとも教えていただきました。欲を言えば、個人的にもっと先生から学びたかった。コロナ禍で先生のご年齢を配慮して、次の著書の打合せを先延ばしにしたことが悔やまれます。

 先生、ありがとうございました。

京都の渡来文化と朝鮮通信使

仲尾宏著

定価:本体価格1,800円+税

2019年6月15日発行

PAGE TOP