【書評】中村義孝著『概説フランスの裁判制度』

2014年4月7日 月曜日

中村義孝著『概説フランスの裁判制度』
松村勝二郎(前・海技大学校教授)

 中村義孝氏は、フランスの憲法史・裁判史を研究する傍ら、関連する法制史料の翻訳を行なっている立命館大学名誉教授。その訳文は、厳密にして的確な仕事として定評がある。今回、上梓された本書にもそれが十分に生かされている。

類書のない最新の現代フランスの裁判制度の概説書

 本書の書名がフランスの〈裁判制度〉であること――司法制度でないことには、大きな意味がある。フランスの司法機構は、いわば三つの大きな柱からできているからである。破棄院を頂点とする裁判機関(私たちが司法裁判所と呼ぶであろうもの)のほかに、行政機構に属する裁判機関があり、さらに両者とは別に、憲法上の裁判機関(私たちが憲法裁判所と呼ぶであろうもの)が存在するからである(資料1の裁判機関の審級図を参照できるように編集している)。
本書は、フランス革命以降を視野に入れて、EU関係をのぞき、それら三者のすべてにわたって概説する、現時点では唯一・最新の〈現代フランス裁判制度の概説書〉である。
本書の構成 は次のとおりである。
第1章 フランスの裁判制度の特徴
第2章 司法機構に属する民事の裁判機関
第3章 司法機構に属する刑事の裁判機関
第4章 司法機構に属する最高裁判機関:破棄院
第5章 行政機構に属する裁判機関
第6章 権限裁判所
第7章 憲法上の裁判機関
以上に加えて、はしがき、序及び結びならびに資料、あとがき、用語索引が付されている。資料に、1 先述した審級図、2 司法官の服装およびバッジ、3 憲法院における組織法律・通常法律・QPC(合憲性の優先問題)の審査結果と続いて、圧巻は著者の研究が圧縮された資料4 フランス現行憲法の訳文である(フランスは時折、憲法を改正するので、この訳文が我が国の最新訳である)。
文章は簡潔・平明でごく判りやすい。

市民革命を経た三権分立制

フランスの裁判制度全体に通ずる特徴について概観するために、「第1章 フランスの裁判制度の特徴」の幾つかをごく簡単にあげる。
フランスは、市民革命を経て三権分立制を確立した共和国である。そのことによって、裁判制度も大きく深く刻印されている。司法権は、立法権にも行政権にもその権能を及ぼすことができない。では立法及び行政の分野で、司法的判断が必要とされたらどうするか。司法裁判機関と別に設置されている、憲法上の裁判機関と行政裁判機関がその役割を果たすのである。司法上の裁判機構には、犯罪(刑事訴訟)と個人間の争い(民事訴訟)を裁判する権限だけが託されている。こうして、その裁判制度は、合憲性に関する問題を別にして、司法裁判機関と行政裁判機関という〈裁判機構の二元性〉をとることになる。
このような法制から生ずるフランス裁判制度の特徴を、著者は、幾つかにまとめて指摘する。
1 二審制の原則 フランスの裁判組織は、司法裁判機関についても行政裁判機関についても、日本と同様に、階層的な構造になっており、第一審の裁判機関とその上位にある控訴審裁判機関とからなっている。
裁判機関の頂点にある最高裁判機関としての破棄院とコンセイユ・デタは、事実審ではなく法律審である。それらは、判例の統一を目的とする「裁判官の判決を裁判する」機関である。
2 民事裁判と刑事裁判の統一の原則 民事と刑事の普通法上の裁判機関は、それぞれに対当する裁判所が存在していることをいう(例。大審裁判所に対当する軽罪裁判所。)これによって、犯罪によってひき起こされた損害賠償に関する民事訴訟は、その犯罪について裁判する刑事裁判機関により同時に裁判される(この民事訴訟は「付帯私訴」と呼ばれる)。
なお、文中には〈普通法〉の意義が明記されていないが、それは民法に対する商法、刑法に対する少年法のごとき、普通法と特別法の区別によるものである。
3 合議制の原則、適合性の原則 合議制とは、法廷が複数の裁判官によって構成されることであるが、上級の裁判機関は、原則として合議制を採用している。適合性の原則とは、いわば裁判所の専門化である。商事裁判所、労働審判所、少年裁判所など、訴訟の対象である人と物について、特別な訴訟だけを扱う裁判所が多く設置され、我が国に比較して、著しい特徴であることを著者が指摘している。
4 裁判官と検察官 司法機関に属する裁判官と検察官は、併せて〈司法官〉と呼ばれる。この種の司法官の養成は、ボルドーにある国立司法学院で行なわれる。両者は任命方法、身分保障、独立性の有無、懲戒方法などにおいて相違する。これに対し、行政機構に属する裁判官の養成は、一般公務員とともに、国立行政学院で行なわれる。弁護士職に就く者は、州弁護士研修センターで研修を受けなければならない。
5 裁判の無償原則 その昔、訴訟当事者が裁判官に謝礼を支払う慣習が存在していた。それゆえに、裕福な訴訟当事者に有利な判決が下される傾向があったという。この原則は、その慣習が1790年に断たれたことをいう。現在では、それは当然であり、所得の少ない人に対する〈法律扶助〉こそが問題となろう。

フランス国民の血肉化した制度

現代フランスは、厳格に三権分立を維持する(大統領制の)共和国である。著者も指摘するように、その三権分立制は、法理論的にはモンテスキュー『法の精神』(1748)に由来するが、その著者がお手本とした当時のイングランドは、既に国王主権を廃して〈議会主権〉を確立しており、もとより三権分立ではない。しかし、フランスでは、その三権分立制が現行裁判制度の根幹をなしていくのである。それゆえに、三権分立制は、革命を経たフランス国民にとっての血肉化した国民性といえる。フランス法史の勘所ともいえる本書第1章1「近代以降の裁判制度の変遷」が参考になる。それはまた、本書著者の専門領域でもあるからである。

私たちの法常識の再考へ導く

本書は、現代フランスの裁判制度を体系に叙述した、日本語で書かれた初めての本格的著作である。書評において一番悩んだのは、次の諸点である。類書が無いので位置づけがむずかしい―評価の基準設定がむずかしいという以上に、フランスの裁判制度が我が国のそれと大きく異なること―読者の法知識や法常識を頼りに論を進めることができず、用語や制度自体の説明が必要であることであった。

 たとえば、行政権に属する裁判所が存在すること(第5章行政機構に属する裁判機関)、憲法上の裁判機関が別個独立に存在すること(第7章憲法上の裁判機関)、刑事手続では公判手続の前に〈予審〉が存在すること(第3章司法機構に属する刑事の裁判機関)、付帯私訴が存在すること、商人が裁判官となって司法裁判を行う商人裁判所が存在すること(第2章司法機構に属する民事の裁判機関)、等々である。ともかく、ここに展開されている法制は、我が国で法を学ぶ者にとっての常識ともいえる事項が、まったく異なる法制の下に置かれ、運用されているのである。そしてそのことは、私たちの法常識を再考し、さらには法の比較とはなにかに導くものでもある。

本書は、フランスの裁判制度を論じた書物ではなく叙述した書物である。著者は、本書の頁数が厖大化することを恐れてか、極力沈黙を守り、論述を自制している。しかしそうはいっても、時に著者の法と正義にかける熱情が姿を現す。そのうちから一点だけに触れる。
公平な裁判を行うためには、裁判官の任命や昇進、懲戒などが行政権の介入を受けることなく、公正に行なわれなければならない。この点について、著者はこう述べている(30頁)。

 「日本の場合、最高裁裁判所の長官をはじめ下級裁判所の裁判官にいたるまで、その任命は実質的に内閣により行なわれる(日本国憲法6条2項、79条1項、80条1項)。この点で権力分立にかかわって大きな問題があるといえる。
フランスの場合は、行政権から独立した憲法上の機関である司法官職高等評議会(憲法65条)が裁判官の任命権や懲戒権をもっており、日本の場合とは著しく異なる」

 真の法の比較を目指し、読者が本書を心ゆくまで読み進まれることをお薦めしたい。
(2013. 8. 4)

 

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