第23回全国部落史研究大会のお知らせ

2017年5月2日 火曜日

第23回全国部落史研究大会/全国部落史研究会第10回総会のご案内
日 時 2017年7月29日(土)、30日(日)
会 場 東別院会館(真宗大谷派名古屋別院内)/名古屋市中区橘2-8-45 ☎052-331-9576
参加費 研究大会【会 員】個人2000円、学生1000円
【非会員】個人4000円(3000円)
学生3000円(2000円)
*( )内の金額は1日参加の場合。
*参加費には報告書代が含まれます。
*団体会員は1名まで会員扱いとさせていただきます。
研究交流会 5000円
フィールドワーク 3000円(資料代、ガイド代、弁当代等)

主催 全国部落史研究会 後援 NPO法人愛知部落解放・人権研究所、真宗大谷派名古屋教区

■第1日目[7月29日(土)]  受付     12:00~
全国部落史研究会第10回総会     12:30~13:30
第23回全国部落史研究大会開会行事  13:30~13:50

第23回全国部落史研究大会分科会   14:00~17:30
前近代史分科会 テーマ:中世から近世への移行期における被差別民衆
第1報告「近世三河の非人」 藤井寿一(全国部落史研究会)
第2報告「中世・近世移行期の越後の渡しと渡し守」 西澤睦郎(新潟県立十日町高等学校(定時制))
近現代史分科会 テーマ:戦後の部落解放運動をめぐる諸問題――多様な組織とその意義
第1報告「三重県厚生会と戦後の同和行政・解放運動」 黒川みどり(静岡大学)
第2報告「北原泰作と岐阜県民主同和促進協議会」 手島一雄(立命館大学)

第23回全国部落史研究大会研究交流会【事前申込必要】 18:30~20:30

■第2日目[7月30日(日)]  受付   9:00~
第23回全国部落史研究大会全体講演 (講演+質疑) 9:30~12:00
「塩の道(中馬街道)と被差別部落-三河地方を中心に-」 伊藤卓夫(津島市人権教育推進協議会)

閉会行事 12:00~
フィールドワーク「愛知県水平社ゆかりの地をめぐる」(定員40名) 13:00~17:00

参加申し込み方法
❶ 申込書に必要事項をご記入の上、7月21日(金)までにFAXにてお申込ください。申込書はメールまたはファクスでご請求下さい。
❷ また、参加費を7月25日(火)までに以下の郵便振替口座にお振り込みください。
なお、払込手数料は参加者負担でお願い致します。
口座記号番号 00920-3-256172
加入者名 全国部落史研究会
❸宿泊は各自でご予約ください。

お問い合わせ先、申込先

全国部落史研究会事務局(担当/ 矢野)
熊本市中央区大江2-5-1 熊本学園大学
社会福祉学部福祉環境学科矢野研究室
☎:096-364-8172
Fax:096-372-0702
Email:zenkokuburakushi@gmail.com

申込期限 2017年7月21日(金)必着

報告概要

■前近代史分科会の内容

第1報告「近世三河の非人」藤井寿一(全国部落史研究会)
譜代藩領・天領・旗本領・寺社領が複雑に入り込んだ近世の三河には、「山屋敷」と称される非人身分の集落があり、三河国全体の山屋敷を組織する「三州十二小屋仲間」が形成されていた。本報告では、四名の頭のうちの一人が「三州非人総頭」を兼任していた碧海郡尾崎村の山屋敷、並びに三河一向一揆の拠点の一つで後には近世在郷町であった額田郡山畑村の山屋敷の成立と展開、近世初期に記された『三河物語』に描かれている戦国期の非人との関係性などについて考察を試みたい。また、近世後期の宗門帳を用いて、山屋敷構成員の実態を明らかにするとともに、一時的には京都悲田院年寄の本所支配を受け入れたことの意義を探る。さらには、勧進行為の様相や、山屋敷非人頭の「出張手下」に位置付けられている村々の番非人についても論究したい。

第2報告「中世・近世移行期の越後の渡しと渡し守」西澤睦郎(新潟県立十日町高等学校(定時制))
かつて中世史家の網野善彦氏は、東日本は非人や犬神人の所見がきわめて少なく、鎌倉鶴岡八幡宮の犬神人と越後奥山庄の「非人所」の二件のみだと指摘していた。後者の非人所とは、「蓮妙の非人所」(『三浦和田文書』、正応5年)、「非人所畠少々」「入出山非人所」(『色部文書』年不詳)、「入出非人所五宇」(『河村文書』年不詳)という史料表現である。非人所の位置は判明していない。その非人の実態についても不明だが、「金掘り、筏流し、水運従事者」( 井上鋭夫氏)、「非農業民、漁撈・水上交通者」( 服部英雄氏) などの学説がこれまで出されている。水運従事者・水上交通者には渡し守も含めて考えることができるものと思う。
近世・近代において、越後国( 新潟県) の多くで渡し守が「えた」同様の差別を受けたのは明らかである。そこで特に、中世越後国の史料から渡し守関連のものを網羅し提供してみたい。中世の差別実態は不明であるものの、近世近代の差別実態が明らかであれば、渡しと渡し守を中世までさかのぼって見ておくことは、一定の意味を持つものと考えられるのである。

■近現代史分科会の内容

第1報告「三重県厚生会と戦後の同和行政・解放運動」黒川みどり(静岡大学)
三重県厚生会は、アジア・太平洋戦争の時代に突入し水平社と融和団体の一体化が進むなか、まさにそれを体現するかたちで1934 年に成立した融和団体である。戦後まもなく「民主主義」の理念を掲げて、上田音市を理事長に擁して再建され、2003 年に解散するまで、部落解放運動未組織地域をも含む被差別部落の要求をくみ上げる役割を果たしてきた。全国的に見てもやや特異ともいえるこの団体に着しながら、戦後から同対審答申前後までの被差別部落のありようを見通したい。

第2報告「北原泰作と岐阜県民主同和促進協議会」手島一雄(立命館大学)
戦後の部落解放運動史を考えるうえで、北原泰作の果たした役割を外すことはできないだろう。北原は、部落解放同盟の新綱領(1960 年)や同和対策審議会「答申」(1965 年)の作成に関わり、朝田善之助ら同盟主流派と決裂して後は「国民融合論」の提唱(1975 年)を行った。そうした北原の解放運動論の変遷を、彼の地元での活動実践から捉え返す。1962 年に創設された岐阜県民主同和促進協議会で北原は会長を務め、官民協力による同和対策事業や部落差別の解消に精力的に取り組んだ。その機関紙『民主同和情報』を検討することで、北原の運動論の特徴を実践面から問い返してみたい。

■全体講演の内容

「塩の道(中馬街道) と被差別部落――三河地方を中心に」伊藤卓夫(津島市人権教育推進協議会)
三河湾は、奈良時代より塩の産地として知られているが、信州飯田方面への塩の道は、①矢作川を上って古鼠(ふっそ) 九久平から中馬で足助へ、足助から根羽、平谷を経て飯田へと運ぶ道( 足助街道)、②吉田(豊橋)から豊川―野田を経て新城まで舟運し、新城から中馬で海老―田口―上津具―根羽、平谷を経て飯田に至る(伊那街道) 2本の中馬街道があり、江戸時代後期には、一年に18,000 頭もの中馬が通ったと記録にある。多数の中馬が通れば、斃馬も出る。それら斃馬等の世話をし、処理を任された長吏・手下といった当時の被差別部落の人々の足跡を、馬頭観音の石像をたどることから、三河から信州への塩の道( 中馬街道) を支えた被差別部落の人々に視点を当ててみた。

■フィールドワーク「愛知県水平社ゆかりの地をめぐる」
今回のフィールドワークは愛知県水平社(1922年11月10日創立)の本部があった平野町を訪問し、愛知県水平社創立以降の部落解放運動の歴史と今日の地域の現状を学習すると共に、1940年8月25日に愛知県水平社の解散式を挙行し、県内から集めた荊冠旗を焼却した平野説教所(現正信寺) やと場跡など地域に残る歴史遺産等を見学する。

解説と案内 山崎 鈴子( 部落解放同盟愛知県連合会書記長)他

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